スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

義経と弁慶の最後


●弁慶の辞世の句

「六道の道の ちまたに君待ちて
   弥陀の浄土へすぐに参らん」

●義経の辞世の句

「のちの世も またのちの世も めぐりあはむ
   そむ紫の雲の上まで」

(そむ紫の雲の上も、弥陀の浄土をさしているといわれます)

時は鎌倉幕府が開かれる3年前の、1189年4月30日。

源信僧都や法然上人によって浄土仏教が日本全土に広まって
いった時代でもあります

浄土仏教では、私たちは六つの世界(六道)
(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)を
ぐるぐる回っている(輪廻)といわれます。

いずれも迷い苦しみの世界ですが、その苦しみの流転から離れて
阿弥陀仏の極楽浄土に生まれる道が浄土仏教に教えられて
いるんですね。

義経も弁慶も最後は弥陀の救いを念ぜずにはおれなかったのでしょう。


平家物語にも、このような一節があります。

娑婆の栄華は夢の夢
楽しみ栄えて何にかはせむ
人身はうけがたく
仏教にはあひがたし
この度、泥梨(でいり)(地獄)に沈みなば
多生昿劫をばへだつとも
うかびあがらん事かたし


(この世でどんな栄耀栄華を極めたと
 いっても、死んでいくときに、何のたよりに
 なるだろうか。
 人間には生まれがたく
 仏法は聞きがたい
 もしまた、後生の一大事の解決が出来ないまま
 命尽きれば、後生は地獄。
 果てしなく長い間、その苦しみから離れることは
 できないであろう)

かくて、衣川にて、弁慶は仁王立ちになったまま死に、
義経は自害したといわれます。

義経享年31歳
スポンサーサイト
コメント

戦国時代の英雄って死なんか恐れない人ってイメージでした。
武士道とは死ぬことと見えたり!!みたいな(^人^;)

でもやっぱり死ぬのは怖いし、死後は楽な世界にいきたいっていうのは自分らと変わらないんですね。

そう思うと戦国時代の人たちって勇敢ですよね。見習わないと(ΘoΘ;)

いざ鎌倉!!となったら死んだらどうなるかも問題になるって事ですよね?
義経、弁慶ほどの豪傑な人がそうなら自分ならどうなってしまうのか。想像もつきませんね。
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。